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エゴって何?

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はじめに

先日、某有名精密機器メーカーの取締役の方とお会いした際、印象的な話を伺いました。それは

「社員の9割が、前例の有無を第一の判断基準にしている」

という言葉。それはつまり大きな変化を怖れ、未知への挑戦に二の足を踏むということ。もちろんその方は、この状況を嘆いておられました。

この印象的な話を足がかりに、かねてよりのお約束だった後付けの価値観について掘り下げて行きたいと思います。

後付けの価値観とは何か

当ブログでは頑なに「後付けの価値観」という呼び方をしておりますが、これは常識、社会通念、既成概念といった言葉と同義です。そして、これをさらに俯瞰的にみると「エゴ」という呼び方になります。

しかし、あえて「後付けの価値観」という呼び方に固執するには理由があります。というのも、現在の日本語として「エゴ」という言葉それ自体にネガティブなイメージがあります。

アムロ・レイがシャアに告げた「エゴだよそれは!」というセリフに代表されるように、本来「自我」を指す言葉である「エゴ」が、利己的・自己中心的である「エゴイズム」と混同されているのです。

だから第一に確認しておきたいことは「エゴ」自体は悪いものではないということ。しかし語感から湧くイメージは変えることができませんから、引き続き当ブログでは「後付けの価値観」と表現していきます。ちょっと長いですけどね。腑に落ちない方は、頭のなかで変換して読んで頂ければと思います。

後付けの価値観が形成される理由

たとえば登山においては、既存の登山ルートを辿るのが一般的です。すでに誰かが通り、登頂を果たした道。それは、ある程度の安全と、確実なゴールへの道が保証されていることを意味します。

一方で新ルートの開拓には多大な労力と危険が伴います。障害の存在がわからず、さらに頂上に続いているという保証さえもない茨の道です。

人間が本能としてどちらを選ぶかは明確ですね。人生においても同じです。

つまり、後付けの価値観は、すべてあなたの生物としての安全を願っているのです。「大きな会社に入れば安泰だよ」「上司の言うことを聞くと出世するよ」「遅刻しないで会社に行かないと」「良い会社に入るために勉強しないと」「一生懸命働いてお金を稼がないと」「適齢期に結婚して子孫を残さないと」……これまであなたが生きてきた人生は、すべてこの価値観を取得するために存在していました。安全に生存し、種を残すこと。この生物としての究極の目標のためには、前例に頼るのが何よりも近道だからです。

後付けの価値観の存在意義

当然、それは悪いことではありません。しかし、例外的にこの価値観が邪魔になるときがあります。それが変化を願うときです。

毎朝7時にかけている目覚ましを、6時30分に変える。そこにどれだけの労力が必要でしょうか? 時計のツマミを動かすことだけではありません。朝の過ごし方が変わります。睡眠時間確保のために前日に寝る時間も変える必要がありそうです。そのためには仕事を早く終わらせて、無駄を省き、支度をスムーズにして。

30分を変える行為のために、日常のさまざまなところに余波が届きます。面倒ですね。7時でも十分仕事や学校に間に合うなら、やっぱり7時のままにしておきましょうか。

これが前例にたよった意思決定です。

たった30分のことでこれです。たとえば「収入を倍にする」という変化ならどうでしょうか。仕事を変える? 副業をする? ギャンブルにかける? 

今の安定を犠牲にしてさらなる飛躍を目指すより、少なくとも生存している現在の状況を保存する方が、危険が少ないようです。

こうして私たちは、昨日の自分をトレースしながら、今日も安全な道を進むのです。願望成就の邪魔をしているのが、変化を怖れる自分自身だと気づかないまま。

 

というわけでまずは「後付けの価値観」の定義からスタート。次回からは、引き寄せと「後付けの価値観」の関係について考えていきます。

 

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